<別人のように(3)>

社長から『試合は試合をする前から始まっている。渡辺さんを試合に出して経験を積ませたり、渡辺さんが強くなりそうな情報を与えたりしてはいけない』と言われたので、梅澤さんは、自分の性格から考えて、必要最低限のことしか話さないようにするしかないと決意したのだ。それで、僕が行くといつも忙しそうにしていたのだ。

それでは、なぜ決意を捨て去ったのだろうか。すぐ思いついたのは、梅澤さんが心虚が卓球に与える影響を熟知していたことだ。それでも梅澤さんは心虚のために動体視力が1時間ごとに低下するなどという話は聞いたことがなかったに違いない。僕のサーブが3年前頃入らなくなった時点で、梅澤さんと同程度の心虚になっていることに気がついたのだろう。そして、現在では想像を絶するような心虚になっていることにも気がついたのだろう。

それで、心虚の対戦相手用のサーブをフォアのストレートに打ってみたのだ。今までは、僕のフォアハンドが恐ろしいので、体が仕上がっていない第1セットの初めにフォアにスピードが速いサーブを打つのが通例だった。ところが、今回は中盤に極めて遅いサーブを打って来たのだ。その結果、僕が一歩も動けなかったので、『もう渡辺さんに負けることはない』と確信したのだ。

2022/9/9